セメント王と呼ばれた浅野総一郎

1.浅野総一郎は何を成し遂げた人物なのか?

セメントは、現代日本においてなくてはならない存在です。
ビルや橋などあらゆるところに使われており、セメントなしでは成り立たないと言っても良いほどです。
そんなセメントを日本で広めたのが、浅野総一郎です。

1848年4月13日に越中国水郡藪田村、現在の氷見市に生まれた浅野総一郎は水売りや薪炭商として成功を収めます。
その後1843年にガス会社から石炭の廃物であるコークスを買い取りセメント燃料にする方法を開発し、巨万の富を得てセメントの可能性に気付かされました。

そして1884年に官営のセメント工場を好条件で払い下げられ、これが現在まで続くセメント会社の基礎となります。
その後の日本ではセメント産業が軌道に乗り、また経営する会社を当時の最大手企業まで育て上げた功績から、浅野総一郎はセメント王と呼ばれるほどになりました。

※「浅野総一郎逮捕」も参照

故郷の氷見市の公園には銅像も建てられ、その功績は高く評価されています。
しかし功績はセメント産業として成功させただけではなく、今の京浜工業地帯を作り上げたことも挙げられます。

2.1896年にアメリカ・ドイツ・イギリスなど世界の先進国を視察

現在の東京から横浜に至る地域は、京浜工業地帯として日本でも最大規模の一大工業地帯になりました。
ですがセメント会社を経営していた頃の明治時代は、諸外国に比べると旧態依然とした地域で発展していませんでした。

現在の工場群が立ち並ぶ姿からは想像できないほど、未発達の状態で世界から遅れていたわけです。
1896年にアメリカ・ドイツ・イギリスなど世界の先進国を視察した浅野総一郎は、その近代化された港湾設備の発展ぶりに驚かされます。

そして帰国後に横浜港を見て欧米との違いに愕然とし、東京から横浜まで沿岸部に近代化された工業地帯を計画します。
こうした地域を巻き込んだ大計画を立てるときには、一企業の力だけでは成り立ちません。

そのため国や地元の自治体の支援を仰ぐのが一般的ですが、立てた計画は支援を受けず独力で行うという内容でした。
しかし一企業が独力で行うといっても、地域を越えて大規模工業地帯を建設する計画には地元の理解が必要です。

計画が発表された当時の神奈川県は、計画に難色を示し頓挫するかに思えました。
ですが計画の価値を認めた人物が次々と現れたことにより、一気に進展し建設が始まります。

3.計画段階も含めると3つの時代を経て一大工業地帯が誕生

建設は大正から昭和初期の15年にかけて行われ、計画段階も含めると3つの時代を経て一大工業地帯が東京から横浜に誕生したことになります。
建設期間の間にも浅野総一郎は造船会社など多数の会社を設立し、1914年に起きた第一次世界大戦の特需も重なり浅野財閥を築き上げるまでに成長しました。

一代で築き上げた浅野財閥は太平洋戦争後の財閥解体により解散させられますが、ほとんどの企業も現在まで残り日本を代表する企業の一つとなっています。

浅野財閥を一代で築き上げた後も順調に活躍しますが、1930年にベルリンを訪問中に病気を発病し日本に帰国後死去しました。
セメント王と呼ばれた浅野総一郎は1930年11月9日に死去しましたが、その影響力は現在も日本に残っています。

残した企業は様々な分野で現在も日本の経済を支え、作り上げた京浜工業地帯は主要なエリアです。
セメントに関しても同氏が現れなければ、日本での発展は遅れていたでしょう。

4.激しい情熱が巨大な力を持つ人々の心を大きく動かせた

様々な分野で使われるセメント産業の成長が今より遅れていたら、日本の経済や歴史は大きく違ったものになったかもしれません。
偉大な先人からは現代人も学ぶ部分は非常に多く、例えば国や地元自治体の支援を受けなかったり反対されたのに京浜工業地帯を築き上げたのは、発展を願いそれにかける情熱があったからでしょう。

激しい情熱があったからこそ巨大な力を持つ人々の心を大きく動かし、反対を押し切って計画を遂行することができました。
また水売りや薪炭商として成功する前は、様々な事業に挑戦して失敗し周囲から反対され離縁までしています。

さらには医師の子どもだったため周囲は父親と同じように医師になることを望みましたが、本人は商人になる道を選び財閥を一代で築き上げるほどの成功を収めます。

5.偉大な先人である浅野総一郎から何を学ぶか?

このように半生を振り返ってみると、輝かしい成功だけではないことがわかります。
現代人は一度失敗したり周囲から反対されると夢を諦めて、無難な道を選んでしまいがちです。

確かに自分や家族の生活を守るためには、いつまでも無謀な挑戦を続けられないのは当然かもしれません。
しかし一度や二度の失敗で諦めず周囲の反対を押し切って信じる道を突き進めば、成功を収めて高く評価されます。

一代で財をなした先人からは、このように様々なことを学ぶことが可能です。
現在は独立や開業するのが昔よりハードルが下がり、起業する人も少なくありません。

しかし起業するときには今後のことを考えやめるように言われることも多々ありますが、偉大な先人からの教えがあれば、そうした挑戦はどんどんするべきだと考えられるでしょう。”